歌の上手い下手は、練習によって変わってくると言われてきておりこれは生まれつきのものとは違うと言われているほどです。声の音質等は生まれてから変えることはできませんが、歌を上手に歌うかどうかは変えることができるのが特徴です。
そのため、例えば音痴で知られている人であっても、それが生まれつきだからといって諦めるのではなく、ボイストレーニングをすることで問題を解決することができるはずです。本当にそのようなことが起こり得るのかと疑問に感じるかもしれませんが、それで上手に歌を歌えるようになった人も少なくありません。
このように考えるならば、積極的にボイストレーニングを行い、基本を身に付けることが重要です。ただ、プロの歌手などを目指す場合もそうですがそうでなくても特にボイストレーニングをしても問題ないといえます。日本にこれだけ発声練習ができる、あるいは歌をうまくすることができるような仕組みが整っているのは、全員がプロを目指しているからではなくやはり素人がカラオケなどに行き下手にしか歌うことができない場合や普段の歌声がコンプレックスでそれを解消したいと感じている人も多いことがわかります。素人であっても、気軽にトレーニングに参加するのは良いことと言えるかもしれません。
実際にどれぐらいの費用がかかるか気になるところですが、一般的なスタジオを利用している場合には、1ヵ月に4回ほど通ったとしても、8000円位の金額になるでしょう。そのため、そこまで大きなお金の支払いにはならないといえます。ただ誰に教わるかによって、その費用は異なるケースがあります。例えば、先生と言われている人がもし元プロの歌手だった場合が考えられます。1970年代や80年代に活躍した歌手はすでに50歳を超えていますが、その人たちが副業として先生をしているケースもあります。ある程度有名な人で現在でも歌い次がれている曲を持っている場合には、1ヵ月通って40,000円位のお金になることも少なくないでしょう。あるいは、決して有名な人でなくても、マンツーマンのトレーニングかそうでないかによっても金額が異なるケースがあります。この場合にもやはり、マンツーマンかそうでないかによって料金が異なると考えて良いかもしれません。
基本的にマンツーマンは高く、集団で行う方が安く済ませることができます。1ヵ月あたり、4000円位で済ますことができるケースもあるわけです。このように考えれば、料金はそこまで気にしなくても良いと言えるでしょう。目標となる歌が上手くなると言う目的さえ達成できるようになれば、たとえ1人で行っても集団で行っても大して変わらないと言えるわけです。後は本人のやる気次第と言えるでしょう。
トレーニングにたくさん通えば、歌が上手くなる可能性も高くなります。当然そこで本人のやる気も重要になりますが、それなりのやる気があれば、どれだけ多く先生から指導を受けたかによって結果が異なるといっても言い過ぎではありません。そこで少しでも練習をしたいところですが、なかなか自宅では練習できないケースがあります。大きな家で、防音設備が整っているような場合であれば、大声で歌を歌っても近所迷惑にはなりません。しかしながら、一般的な家庭は防音室などがあるケースは少なく、大声で歌を歌うと近所迷惑になることが考えられます。近所迷惑にならなくても、周りの家の人に歌声が聞かれてしまい恥ずかしいと感じる人もいるのが事実です。特に日本人は、シャイなところがあるためあまり疑いを人に聞かれるような事は好みません。そこで、カラオケボックスを利用する方法があります。カラオケボックスならば、防音設計がされているだけでなく、歌を歌うことができる場所として作られているため、大声を出しても問題ないわけです。もちろん大声を出すといっても、常識の範囲内になります。常識の範囲内であれば、上手にカラオケボックスを利用して練習をするのが良いかもしれません。
では、カラオケボックスとボイストレーニングの関係についても見ておきたいところですが、果たしてそれで練習になるのか問題になります。これに関しては、先生の言った通り基本を忠実に行えばそれなりの練習にはなります。一方で、最近はカラオケなどで採点機能が付いているところも少なくありません。採点機能が付いている場合には、思わず挑戦したくなってしまうものです。例えば、トレーニングに通う前の段階で62点だった直後、トレーニングに通った後90点近くを出すことができれば嬉しいはずです。
結論から言えば、カラオケボックスで採点される点数があまり歌のうまさと関係ないと言われています。いわゆる、歌がうまいから高得点になるわけではなく、音を外さなく声の大きさなども均一ならばうまいと評価されます。そのため、プロが自分の持ち歌を歌ったとしても60点位にしかならないようなケースがあり、あまり歌が上手くなる事の参考にはならないためそれを気にするべきではありません。